貯金の仕方

50代貯金無し。毎月給料ギリギリの綱渡り生活から脱却するための奮闘記

親を看取る…数年経ってもなくならないモヤモヤ感

親の看取り

金子は母親を数年前に看取っています。母はある日突然末期がんと診断され約4ヶ月間の闘病後天国に召されました。闘病生活が4ヶ月というととても短いのかもしれません。しかし、本人はもちろんですが看取った金子にとってもそれはとても過酷な闘いだったのです。

 

目次

 

親の死が目の前に…

末期がん宣告

ある年のゴールデンウィーク、家族との旅行から帰った金子は母に電話をしました。すると電話口での母は「昨日から息が苦しくて…」と、明らかに異様な様子。金子はすぐに病院へ連れて行きました。

母は金子宅から徒歩10分の場所に1人暮らしをしています。それまで病気らしい病気もせず、よく「入院は出産のときしかない」と自慢していたほどの健康体だった母が末期がん…金子はまさか!という気持ちでいっぱいでした。

しかし、そうはいっても母はもう70代。そろそろ年老いた母のことを考えなきゃいけないと思っていた矢先の末期がん宣告だったのです。

 

 

親の闘病は子供の生活を侵食していく

突然の母の末期がん発覚と入院に金子は2人の弟たちに連絡を取りました。2人とも電話では淡々としていたのが印象的。たぶんそんなの信じられないといったところでしょう。と。そのとき金子は思っていましたが、どうやら「親の死に関わりたくない」というのが本音だったようです。

子供といえど結婚すれば自分の家庭が大切になるもの。これは仕方のないことだと思いますが、明らかに無関心を突き付けられた金子はのちに弟たちと大喧嘩の末ギクシャク…結果的に疎遠となってしまったのです。

 

在宅介護

入院すると病院から在宅介護をすすめられました。

金子は、母は亡くなるまで病院にいるものだとばかり思っていたのですが病院には3ヶ月しか入院できないとのこと。金子も金子の家族も病気知らずの健康体だった故、病院のそのようなシステムは何も知らなかったのです。

在宅介護をするためには介護申請を受けなければなりません。

突然知らない話ばかりで戸惑いしかありません。申請はしたものの在宅で介護なんてできるのか?と内心思っていた金子は不安に襲われます。

申請が下りるまで短くても2週間はかかるとのこと。しかし、その間にも母の体は急激に悪化していきます。特に骨の転移が酷く、結局病院から自宅に移動させることも困難という先生の判断で在宅介護はなくなりました。

ちなみに当時は、介護に関して今と比べて様々なシステムが構築されてなかったように思います。金子が在宅介護を促された病院も今では緩和ケア体制が整っています。

 

緩和ケアの詳細はこちらのサイトでどうぞ

www.kanwacare.net

 

 

 何もする気がなら金を出せ!

母の入院生活が始まりました。といっても完治しない母は治療対象患者ではありません。そのため看護師はたまに様子を見に来たり痛み止めの薬をもってきてくれるだけです。

母は入院してから次第に食欲がなくなり食べられるものが激減。看護師から「口から食べることが大切です。病院食はやめて、本人が食べたがるものを食べさせたほうがいいですよ」と言われ、金子はそれから毎日食事を運ぶことになりました。しかも入院生活は、日を追うごとに紙オムツや口を潤すゼリーなど必要なものが増えていきます。このころから金子はメンタル的にも金銭的にも苦しくなっていきました。

弟たちに頼ろうと思いましたが、弟たちは仕事で昼間に来ることなど滅多にできません。結局金子一人で抱えることにしました。

あの時どうして弟たちに「何もしないのならせめて金を出せ」と言えなかったのか…今では後悔している金子です。

 

それぞれ抱える都合が不幸を招く?

 親の介護で姉妹・兄弟の関係が崩れることは良くある話。それは結婚しているとそれぞれの夫や妻などの他人が関わるからなのでしょう。同じ市内に住んでいるのにほとんど顔を出さなかった弟たち。特に男は妻の顔色をうかがう生き物。弟たちも本意ではなかったのかもしれませんが…

親の看取りや介護はいつかくることがわかっているのにみんな見て見ぬふりをしてしまいがち。事前に話し合ってもしものときどうするかを決めておくことが必要だったのですが、実際に話し合おうと言った時点でおかしくなってしまう可能性大だったのかもしれません。

 

看取るなら覚悟が必要

本当、コレ難しいテーマですよね。いっそ1人っ子ならあきらめもつくか…なんて思ってしまいます。

モヤモヤした気持ちを引きずるのは辛いことです。金子は最期まで自分の中に「どうして私だけがやらなきゃならないの?」と思っていました。もしも途中で覚悟ができていたら…こればっかりはいくら考えても答えは出ないんですけどね。

 

亡くなった後に思うこと

財産は有っても無くても揉める

母が亡くなり葬儀以降のことは弟(長男)に任せることにしました。この時点で金子はもう疲れ切っていました。それはやり切った感ではありません。ただ、やっとこの生活から逃れられたというのが本音です。

金子を疲れさせたのは、母が死の淵にいるときでも弟の名前を呼び続けていたことです。強い痛み止めにほとんど意識がない状態が続いていたのに、ときおり発する言葉が私の名前ではなく弟の名前だったのです。金子は母のその行為に心がへし折られてしまいましたが、毎日来る金子よりも単純に全然来ない弟たちに会いたかったのでしょう。

母は借金もなければ財産もありませんでした。母の自宅は賃貸。葬儀の後は母の自宅を片付けなければなりません。しかし、片付けにも費用が掛かります。入院中にかかった費用は金子宅で支払ったのでせめて住居の片付け費用は弟たちにも負担してほしかったのですが…

当然のようにそのことに触れない弟たち。金子は嫁たちの冷たい視線を浴びながら金を出してほしいと言いました。しかし結局金がないからと1円も出さなかった弟一家たち。母に財産があったなら違ったのかな?

そんな経緯で母がいなくなって弟たちとも縁が切れた金子です。

もうどうにでもなれ!金子宅で片付けの費用も負担して片付け終了。旦那は何も言わずに手伝ってくれました。申し訳なかったけど本当にありがたかったです。

 

遺影は撮っておくべき

コレ、撮っておくべきですよ!ちゃんとしたのを撮っておけば良かったと後悔後に絶たず…金子はちゃんとおめかしして写真館で撮っておこうと思います。

 

最後に… 

金子の母の看取り話は数年前の話です。医療現場は日々変わっているのであまり参考にならないかもしれませんが、誰の身にもいつかくる"親の看取り"について経験者として気づいたこと、あの時こうすれば良かったことを書いてみました。

 親の介護や看取りって誰かが担うことです。金子は今もモヤモヤした気持ちをもてあましています。何もしなかった弟たちは後悔の気持ちはないのかな?なんて今でも時々思います。(根に持つタイプ)

 生まれ育った家族とは結婚したらそれで終了。スラムダンクか?!(笑)

 

家族ってなんやろ?

 

ま、人生きれいごとじゃないってことです。逃げたもん勝ちともいう(笑)

読んでいただきありがとうございます!

 

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